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ああああブログ

読書の感想なんかいろいろ、あれしたり、マラソンの攻略もしていきます。チャットGPTに物語を書いてもらってどうなるかの実験中

新人の印象と自己表現

夜勤の土用明け。今日は日曜で、明日も休み。3連休のような気分だ。夜勤のシフトが久しぶりで、何か新しい感じがする。特に印象に残ったのは新人の一人だ。

彼、まだ新人の部類に入るのかな?でも、彼の仕事ぶりはすごく熱心だった。ずっと彼を見ていて、その情熱が伝わってきた。新しい環境に飛び込んで、それを楽しんでいるように見えた。

そして、何か気になったのは、今の社会状況下での距離感だ。物理的な距離が近すぎる気がする。以前はそんなに感じなかったけど、今はどうだろう。あまりにも近すぎて、ちょっと戸惑ってしまうことがある。

新人の一人がメモを取らないことについて話していた。メモを取ることは、確かに良いことだと思う。でも、彼は「あまり良くない人もいる」と言っていた。それに対して、「良くならない」というのは、メモを取ることが効果的ではない人もいる、との意味だろう。

ただし、他人からの評価を考えると、メモを取った方が良いように感じた。メモは通常、自分のために取るものだと思われているが、他人からの評価のことも考えると、他人に見られるためのメモという側面もあるかもしれない。

私は正直、他人にメモを見られるのは嫌だ。ノートを見られるのも嫌だし、ノートをとっているかどうかをチェックされるのも嫌だ。そういうことが苦手なのかもしれない。でも、世の中には他人にノートを貸したり、ノートを見せる人もいる。他人にノートを見られることが全く気にならない人もいる。

それって、自己表現に自信があるかどうかと関係しているのかもしれない。自分の意見や考えをしっかりと表現できる人は、他人に見られても自分を変えずにいられるのかもしれない。

でも、私にはまだ自己表現への自信が足りない。そう考えると、他人にノートを見せることは、まるで自分の中身を晒すような気分だ。そのため、どこかで注意されているような気になる。

ちなみに、以前は絵を描いたり工作が好きだった。でも、私はいつも同じようなことをしていたわけではない。普通の色や形にとどまらず、現実には存在しないような色や形を試してみたりした。でも、それがふざけていると注意されたことがあった。

「他と同じでなければいけない」と言われたこともある。同じ色を塗る、同じ意見を出す、同じことをする。これが普通で、他人と同じでないことは何か問題があるように思われていた。

でも、私は違うものが好きだ。他と違うこと、他とは異なる視点やアプローチを持ちたい。高評価を得るためには、他と同じことをすればいいかもしれない。でも、私は違うものを作りたい。違うところを見せたい。

地震があると、不安を感じることがある。未来についての不安や、何かが壊れることへの不安。それがあるからこそ、自己表現が大切だと思う。他人と同じでなくても、違うことを試すことが、未来への一歩となるかもしれない。

今日はこんなことを考えている。新人の熱意と自己表現の大切さを感じながら、夜勤が進んでいく。